士族の商法「株式会社設立」
士族の商法「株式会社設立」
登場人物
・士族
名目上の権威だけを残されたかつての武士。江戸時代に所有していた土地を返納した事で与えられた「秩禄」が収入の全て。
・足軽
かつて士族に仕えていた下級武士(雑兵)。律義者。
・華族
主に薩長土肥の出身者で構成される、維新に貢献したことで成り上がった士族の特権階級者。
1876年・東京
士族「明治の御一新も大変な物であったが、結局我らの生活は変わらぬのう」
正室「ええ、本当に。ホホホ・・・」
足軽「殿っ、そんなに呑気な事を言っている場合ではございませぬぞ!」
士族「むむ、そちは足軽だな。誰の許しを得て我に直訴するぞ」
足軽「許しも何も御家人様は皆御一新後去っていったではありませぬか。誰に許可を求めればよいのです」
士族「ハハハ、そうであったわ。今やここに残っておるのはそちらのような足軽か、雑用の為に雇った使用人ぐらいなものだったな」
足軽「それでも今まで人並以上の生活を続けられていたのは秩禄を明治政府に返還していなかったからでしょう」
士族「あれは義務では無いだろう。起業したい者だけが返せばよいだけのもので・・・」
足軽「今年度より返還が義務となりました」
士族「・・・は?」
足軽「禄制度は全面廃止。「金禄公債」なる公債が代わりに与えられます」
士族「こうさい?」
足軽「政府の発行する資産の証明のようなものです」
士族「そのような物を貰っても、定期的な収入が無くなれば我らは終わりではないか」
足軽「だから働くようにと数年前から政府が口うるさく言っていたではありませんか」
士族「・・・まあよい。我とて働くのが嫌である訳ではない。早速働くとしようか・・・して、何をすればよいのだ?」
足軽「・・・まあ、最近の流行りですと、商売を始める方が多いですな」
士族「商人か、それもよいな。昔から武家以上に羽振りが良いというので、実は密かに憧れておったのだ」
足軽「皆が皆成功するわけでは」
士族「よし決めた。商売を始めるぞ!まず何をすればよい?商品の購入か?」
士族「・・・公債というのをどうにかすればよい」
足軽「薩長土肥ら一部の優遇された士族ら以外に与えられた公債は即座に現金化出来るわけではございませぬ」
士族「では基金はない。どうにかならぬか」
足軽「では「株式会社」の設立がよろしいかと」
士族「何じゃ、それは?」
足軽「近年流行っている商店の形態だそうで。確か渋沢栄一様がそれについて今度公演を行うそうで。教えを乞うてくればいかがでしょう」
士族「渋沢・・・確か幕末に大量発生したにわか幕臣の一人じゃな。我らは鎌倉以来の武門の名家。百姓に教えを乞うなぞ言語道断」
足軽「・・・では、別の手段を考え・・・」
士族「まあ待て。わしが教えを乞うのは許されぬが足軽のお主なら話は別。「株式会社」とやらのあれこれをしっかりと学んできてくれ」
足軽「・・・」
ー数日後ー
足軽「今戻りました」
士族「おお、待っておったぞ。ささ、何とかとかいう商店の興し方を教えてたもれ」
足軽「「株式会社」でございます。いやはや、流石に渋沢様がかつて欧州から学んできたというだけあって奥深い仕様でございました」
士族「ただの会社・・・というなら何となく想像は出来るのだが。要するに普通の会社と何が違うのだ?」
足軽「まず株式会社には「株主」と呼ばれる出資人がおります。彼らは会社の株式を買うことによって会社に出資し、その見返りに会社の経営権の一部を得るのです」
士族「つまり、金さえ払えば誰でもその会社の経営が出来るということか?」
足軽「まあ大まかにいえばその通りで。「株式」を多く有すれば有するほど会社の経営権が大きくなりますので」
士族「それはつまり、容易に乗っ取られる恐れがあるという事では無いか!?」
足軽「その辺りは私も疑問だったのですが、中々どうしてカラクリがございまして」
士族「カラクリとな?」
足軽「はい。話せば長くなるうえに複雑怪奇になりますが」
士族「よい。何か仕組みがあると留意しておこう」
足軽「まあ話の中で触れることもあるかと思います・・・さて。まずは設立に際しての説明をいたしましょう」
士族「それを聞きたかったのだ。お上に許可を申請するだけではないのだろう」
足軽「はい。先ほども申した通り、株式会社というのは「株」こそ経営権の源。という訳で、設立時の株をどうするのかで設立の方法が変わります」
士族「ほほう。無論、わしが全ての株を持つぞ」
足軽「発起人一人の「発起設立」ですな。・・・最も、もう一つの方法である「募集設立」はある程度の規模の会社向けなのでどちらにせよ選択肢はございませぬが」
士族「・・・」
足軽「設立の形態が決まったなら、次は「定款」を作成します」
士族「テイカン?」
足軽「その会社の決まりなどを記載したものです。本来発起人全員の署名が必要なのですが、この場合、発起人は殿一人ですので問題は無いでしょう」
士族「・・・普通は発起人というのは何人もいるのか」
足軽「「一人以上」が規定ですから、一人という場合も多いと思いますよ・・・多分」
士族「ならばよい。早速定款という物を作ろうではないか」
足軽「はい。まずは定款に絶対に記載しなくてはならない「絶対的記載事項」から。会社設立の目的は」
士族「目的?わしの生活の為なのだが」
足軽「そういう意味ではなく、事業目的の事です。例えば、酒を売るとか塩を売るとか」
士族「なる程の。・・・考えていなかった」
足軽「・・・では、近年士族の反乱が相次いでおりますので、武器商など如何でしょう」
士族「武器商か!それは良い。ご先祖にも何とか顔向けが出来そうな気がする」
足軽「では次に・・・商号」
士族「商号というと、店の名前じゃな。そうさな・・・「佐竹屋」にしよう。ご先祖様もきっと許して下さるだろう」
足軽「そして本店の所在地・・・はここで宜しいですか?」
士族「良いぞ」
足軽「では次に、設立に際して出資される財産の価額またはその最低額」
士族「設立の際に出資する財産か・・・といっても過分な金は無し・・・」
足軽「しかし基金が無いと何事も回りませぬ。ここは思い切って・・・」
士族「そうじゃな。ここは思い切る時じゃ。公債を現金化してもらおう」
足軽「それが宜しいですな。ではこの問題はひとまず解決として、次は発起人の氏名及び住所・・・は明らかだとして、「発行可能株式総数」」
士族「発行が可能な株式の総数をわしが決められるのか。といってどうすればわしの有利になる?」
足軽「総数を多くすればそれだけ一株当たりの価値は下がりますし、少なくすれば上がります。まあほどほどにしておくのが無難かと」
士族「そうじゃな。お主に任せる。で、次は?」
足軽「絶対的記載事項はこれで終わりです」
士族「やっと終わったか。わしは疲れたゾ」
足軽「後は「相対的記載事項」と「変態設立事項」を作り、定款の認証をして、それから・・・」
士族「・・・・・・」