歴史系ジョークブログ(仮)

名前のまま歴史系ジョークを主に掲載するブログ。気まぐれ更新。

新感覚歴史系コミカル小説「阿呆の決議」

こんなものを「小説家になろう」に投稿しようとしていたという事実

 

新感覚歴史系コミカル小説

阿呆の決議

 

 

今は昔の平安時代。政の中心が京は朝廷にあったために、様々な宮中の事件が記録に残っております。しかしそこは一千年以上も前の事、そんなに信用できるものでは無いでしょう。そりゃあ嘘八百を後世に伝えはしていないでしょうが、案外原因と結果以外の事は書き換えられているかもしれません。例えば、事件に関わった人々の性格とか。
別に登場人物皆阿呆でも、何ら矛盾は無かったりするのです。

仁和三年、西暦に言い換えますと887年の事でございます。まあ宮中事件なんてものはどれもこれも陰険でしょうもないお貴族様たちの権力争いでしかないのですが、この年に起きた事件はちょっと物が違いました。具体的に言うならしょうもなさが桁違いだったのです。

時の帝は宇多天皇。寛平の治なる善政を敷いた偉大な帝でございますが、この場合の善政ってのは「帝が自分で政を行った(天皇親政)」って程度の意味でございまして、更に言うならこの時期は藤原基経さんというもの凄い権力者に実権を握られていたので、優秀さの度合いは推して知るべし。

この事件はそんな権力を取られている帝が、権力の絶頂にある基経にぶち切れられるという大事件でございます。前述の通り原因は大変しょーも無いのですがここは宮廷、こんなしょーもないことで割と関係ない人間の首が飛んでしまったりするのだから複雑怪奇。

 この日、帝はまさか基経にぶち切れられるとは思っていません。むしろ感謝されるだろうと思っていたでしょう。この日帝は、実質的に政権を握っていた基経に名目上の権利もあげるべく、新たな官位を与えようとしていたのです。今の彼は「太政大臣」という最高官位に任じられていますが、この官位は色々と都合が悪いのです。

さて後世親政を行う宇多天皇ですが、この時期は別にそんな気は有りませんでした。何と言っても父親の光孝天皇ともども基経に擁立されて帝になったこのお方は、何なら基経が実務を全てやってくれ、自分は時たま意思決定をするだけで良いと考えていました。この手の政治体制で一番怖い、「権力を持ち過ぎた臣下の暴走」と言う点でも、相手が大恩人基経であれば心配はいりません。

しかし恩人であろうとなかろうと基経は怖い。間違いがあってしまっては困るという事で、帝は臣下のスーパーエリート橘広相(ひろみ)に関白任命の詔勅を書かせました。広相さんは左大弁という公卿クラスの役職に就く選良。この時点で太政大臣である基経と比べては、流石に月とスッポンの感は否めませんが、とにかく優秀な人物でありました。

「新たな官位を制定するとの事ですが、「阿衡」などはいかがでしょう」
「ほう。なんじゃそれは?」
「唐国の古の名臣が任じられたという由緒正しき官位です」
「それだ、それにしよう」

 早速詔勅が作られ、しちめんどくさい儀礼の準備も整ったところで、基経を召喚します。召喚と言いましても、裏で丁重に招いている事は言うまでもありません。帝も恐れる天下の藤原基経様を、顎で呼び出そうなどとはあり得ない事です。

 「基経殿、あいや基経様、あ、いや、基経殿下の御成ありィ」

 関白の敬称「殿下」を昇任前に付けてしまうほど震えがった下級役人の声に導かれ、稀代の権力者がやってきました。摂政の叔父を持ち、先々代の代から権を握り、先代の代で国権の最高官位を貰ったこの男に、恐れるものは何もありません。

藤原基経、ただいま参りました。いかなるご用件で」

流石に言葉尻は丁重。まさかこの男が、この後狸もしない様な狂気じみた言いがかりを言い出すとは、この場の誰も思わなかったでしょう。

朝臣基経に詔勅を伝える。えー、謹んで聞くように」
「ははーっ」

スッポンの前に月が平伏するというこの珍現象は、彼が天皇の意思表示である「詔勅」を持っていたからこそ起こった事。一応、基経とて朝廷の臣である事に変わりは無いのです。

「えー、「朕思うらくは近頃桜も風流な季節柄であり・・・」」

格式ばった文書と言うのは前と後に妙に無駄な話が多く、その辺りは今も昔も変わりません。季節の挨拶をし、基経の壮健を祝し、お国の情勢をついでに述べ、も一つおまけとばかりに帝のありがたさを練りこんだ良く分らない文言が続いた後、何を思ったか「この言葉は朕が朝臣橘広相に・・・」などと起草者の宣伝まで延々と話し、ようやく皆の足が痺れてきた頃、一行の本文が読み上げられました。

「「宜しく阿衡の任を以て卿の任とせよ」、以上でございます」

人々は恐る恐る基経の顔を見ます。基経は満足そうな顔をして頷いていました。終わったという安堵感が一同を包み込みます。が、ここで話を終わらせてしまっては事件ではありません。最初の阿呆の御登場です。

「あいや待たれい、今の文句、少しおかしい所がございますぞ」

 そういって勢い込んで発言したのは基経の「侍読」-学問の教師の事であるー文章博士藤原佐世。勿論学問で官位を貰っているほどの男ですから、頭は大変宜しいのでしょうが、少なくとも空気が読めないのと心が無いのが欠点であることは、この場の全員が確信したでしょう。

「佐世よ、おかしなところとはどういう事だ」

ほら食いついてしまった、とこの詔勅の起草者である広相なんかは空を仰ぎます。いや、彼だけでなく他の朝臣たちも「余計な事をしやがって」と佐世を睨んでいるのが見て取れます。

「阿衡は位こそ高いものの実務は有りません。名誉職です」

何ていう事を言うのでしょうこの方は。阿衡が名誉職なら太政大臣は何なのか、実権を持っていることが明らかなこの男に名誉職を与えて何の不都合があるのか、んな事言うなら文章博士は屋敷に籠って漢詩でも作ってろーー等々、言いたいことはいくらでもありましたが誰も何も言えません。たった今名誉職を与えられた本物の権力者は、怒り心頭といった形相で広相を睨みます。

「貴様か、この私に名誉職などを与えようと帝をそそのかしたのは」

「はい、あ、いいえ」

「私がこんなに邪魔ならば貴様の思い通りにしてやろう。私は全ての職を放棄する」

 そういったとたん、宮中に衝撃が走りました。それは独裁者の消滅による喝采ではなく、傑物が消滅する事への悲鳴でした。なんだかんだで基経は経験、実績、能力どれをとっても当代一流である事は明らかだったのです。ただ少しばかり癇が激しいのが欠点だというのが本日分かっただけで。
「基経よ。卿がここまで阿衡の職が気に食わぬと申すならば他の職を与えよう。どうかこのような事は言わないでくれ」

最早スッポンではどうにもならないと踏んだ帝は、自ら基経を宥めにかかります。しかし基経は帝にまで怒りをぶつけるのです。

「最早ここにきて妥協は不可能。橘広相に罰を与えるというなら考えますが」
「あいや、それはまずい。広相とて、別に悪意があった訳では」
「では止めます。きっと大混乱が起こるでしょうが、後は帝にお任せします」
「それは」

帝は困り果てましたが、仮にも後世名君と言われるだけの帝、ここで無理難題には応じません。非の無い臣下を罷免するなど、王たる者としてあり得ぬ事です。と決意したは良いものの、やっぱり基経に辞められる方がどう考えても困るので、とりあえず延命策を採る事にしました。

「分かった。もしも本当に阿衡という職がただの名誉職でしか無いのか、それを調べてから結論を出そうでは無いか」

これで問題の先送りが出来る、とりあえず半年ほど。半年もたてば流石にそんな言いがかりの事などうやむやになるーーそんな事を考えていた一同は、仮にも太政大臣になる程の男の執念深さを見誤っていたのです。

 

 

ここまでで何と三千文字。異常に長くなってしまったので残りは後編に。